塩の供給問題?
今更ながら初代ガンダムを履修しているのだけど、第16話「セイラ出撃」で、コック長から「塩がなくなった」と報告を受け、ちょうど地球に降り立っていたため、塩湖を探して補給して一件落着…という描写が出てきた。40年以上も前の作品だというのに妙な新鮮味を感じたので、ちょっと考えてみた。
そこそこSFやファンタジーを見てるけど、恒星間航行中の宇宙船内や、コロニーなどで塩不足や補給が問題になったシーンを見た記憶がない。初代ガンダムの視点が今なお新しいということでもあるのかもしれないけど、今を生きるSF作家の方々は高確率でこの塩問題を目撃していたと思われるし、目撃していたなら考察していないとも思えない。クリティカルな問題であれば、何かしら描写があるはずだけど、見当たらないということは、SF界隈では現在は「塩の供給は大きな課題ではない」ということではないかと推測される。
なぜか、
「量」と「供給技術」の観点から確認してみよう。
塩の摂取量の変遷
まず、そもそもの塩の摂取量が減少しているという背景がありそうだ。
このレポートによると40年前の塩の摂取量は14グラム/日だったということだが、現在は男性で11グラム、女性で9.3グラム/日程度とのことで、3分の2程度に減少している(参考ページ)
更に厚生労働省の定める目標値は男性7.5g未満、女性6.5g未満であり、WHOの推奨する一日の塩の摂取量に至っては5グラムだ。
タムラコック長いわく「塩がないと戦力に影響するぞ!!」とのことだけど、そもそも塩をどれだけ減らすと健康被害が出るのかという数値は曖昧なようだ。極端な例だけど、こちらのNHKの記事によるとマサイ族の一部では、せいぜい2グラム/日しか塩を接種していなかったりするようで、慎重に言えば4グラム/日がラインとのこと。もちろんホワイトベースのような常時戦場のような状況だと発汗等で排出される塩分量も大きいと思われるのだけど、現に大丈夫な民族はいるわけで、SFで描写される人類がマサイ族の一部のような塩をほとんど接種しなくてもよい体質に変化していることは十分に考えられる。
つまり、「量」の視点で考えると、初代ガンダムが放映されていた頃には生活に塩が密着していたけど、今は最低限を接種すればよいものだ…という背景が、塩の描写の重みに影響していると考えても良さそうだ。(実際のところ、減塩が叫び始められていた頃でもあるらしいので、食生活における塩の注目度が高く、アニメで取り上げるには良いテーマだったのかもしれない)
必要量の塩を備蓄するとどのくらいの量になるか
とはいえ4〜5グラム/日の塩は必要と考えると、補給問題が完全になくなったわけでもなさそうだ。
もちろん食材にも塩分は含まれてるけど、近くに惑星のないコロニーや、恒星間航行といった閉鎖空間で超長期間生き延びることを考えると、培養肉を育てる培地にも塩化ナトリウムは必要なので、人数 × 4〜5グラムの塩が日単位で必要と考えて問題ないはず。
14グラムと比較すると3分の2だけど、それでもそこそこの量に見える。
ちなみに、ホワイトベースには当時40人くらい乗船してたらしいので、当時の14グラム/日を想定量とすると、一日で560グラム、一か月で17キログラム程度の備蓄が必要になる。まあまあの量だ(ホワイトベースの場合は補給も可能だし備蓄してる食材にも塩は含まれてると思うので数kgくらいで大丈夫だと思うけど)
現在の基準でいうと、恒星間航行などで補給がない環境下なら1人あたり年間1.8kg(5グラム × 365日)必要なので、スーパーで売ってるやつ2袋程度ということになる。
1000人いたとすると年間の必要量は1800kgとなり、これを密度(2.16g/cm3)で割って立方根を求めると、わずか94cm程度。1000人が居住する空間はかなり広いと思われるので、その片隅に1m四方の塩の塊があっても注目するに値しないということか。
むしろ塩よりも1日の必要量の大きなもの、水は当然として、例えば糖質なんかは250〜350グラムくらい必要なので、よほどこちらのほうがかさばると思われる。300グラムとすると1000人で300kg/日。糖質の密度を仮に砂糖の密度1.59g/cm3とすると、1週間分で1.1m 四方のかたまりが必要となる。ピンとこないのでコンテナで考えると、20フィートコンテナで24立法メートル保管できるので、1000人に必要な4ヶ月分の砂糖を保管できるということだ。なるほど、よくアポカリプスものにコンテナが転がっているけど、あの中の1つには砂糖が保管されているのだな。
塩の補給方法が確立されているのか?
塩の備蓄量がそれほどでもないことは分かったが、そもそも技術の発展に伴い、今では何らかの補給方法が確立されてるのかもしれない。
もちろん無から有は生み出せない。調べると塩化ナトリウムを含む星も存在するようだが、偶然近くにあれば補給するだろうけど、立ち寄れる場所にない可能性もある。
とすると、閉鎖系の中での循環。星間航行ではあらゆるものを再利用しようとする。排出物、つまり尿から塩を回収するのではないか。
さっそく調べてみると、あまり運動してなければ、「尿で排出される塩分量=摂取量」ととらえて良いらしい。
確認するまでもないけどJAXAの記事を見ても、尿から固形物、有機物、微生物などを取り除いて飲料水を生成する技術は既に確立されている。ならばその取り除いた物質の中から塩化ナトリウムを回収すればよいだけだ。そうか、おしっこから全量回収する想定だから塩の補給問題は出ないのか。
いやいや、そんな馬鹿な。
気になってもうちょっと確認してみると、尿以外の汗など水分蒸発で排出される塩も1~2グラム/日あるらしい。運動で激しく汗をかくと1時間で2グラムも汗で塩が出てしまうこともある模様
これはまずい。尿ならばトイレから排水管経由で回収できるが、汗はさすがに回収できない。コロニーや巨大な宇宙船の中で、運動をして汗をかいた人に掃除機をあてて汗を吸い取ったり、汗ふきタオルを回収する描写なんてするとセクハラ問題に発展する可能性がある。
回収しきれない塩をコンテナ(100年分/個)で備蓄する必要あり
ならば汗で喪失する分は、やはり塩の備蓄が必要だろうと想定される。が、尿で大部分を回収できるので、一人あたり年間で0.4~0.7kgもあれば十分と想定される。
1000人分の年間必要量を同じく立方体の塊にすると1辺の長さは55~69cm(1~2グラム × 365日 × 1000人 / 2.16)^(1/3)。180や200サイズの段ボールくらいなので、宅配便で届くとちょっとびっくりする大きさだ。
ちなみに20フィートコンテナ丸ごと1個を塩で満たすことができたとすると、52トンの塩が保管できるので、これを1000人で消費しようとすると71~142年分となる。
これだけあれば十分だろうと普通に考えれば思うのだけど、恒星間航行のことを考えるとちょっとハラハラする量なので、冗長性を担保することも考えてコンテナ3個分くらいは備蓄しておきたい気がする。
更に、もし数百年単位で補給が絶望的な場合、遺体はもとより、皮脂に残った塩分などもシャワー排水等を通して回収する機構が必須だろう。
なんだ、結局、「そこそこの備蓄と回収機構が必要」じゃないか。SF界隈で見ないのは、僕がただ見落としているだけか、あるいは取り上げるテーマの優先度の問題ということだろう。一方で、ホワイトベースの塩の補給問題は、今なお取り扱うに足るテーマであるというのは間違いなさそうだ。
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